| 第１０話 人魚の歌にご用心！（下）の巻 その１ | |
| 「水の中に入ったら、手足をバタバタさせて、両手を交互に前へ・・・。そしたら、ちゃんと前に進むわよね？セシン」 シャララは、自分で自分を落ち着かせるように言いました。その言葉に、さすがのセシンもうなりました。 「いや・・それはいくらなんでも、ポジティブシンキングすぎると思う・・・」（※ポジティブシンキング→前向きに考えること） ラムダはあきれたように目を見開いて、シャララを見つめました。そしてポツンと言ったのです。 「おぼれてしまいますわ・・・」 「あー！でも、早くしなきゃ、クレオさんが食べられちゃう〜！セシン、お願い！魔法で私を泳げるようにして！！」 「いや、それは、シャララ様。魔法を使わないために、こんな作戦をたてたわけで、本末転倒ですって・・」 そんな三人の会話をよそに、楽しげなサイレーンの歌声が、海の風に乗って三人の耳に聞こえてきます。 シャララが船の手すりから身を乗り出して、今にも水の中へと飛びこもうとした、その瞬間。 「ムチャクチャすぎますわ！！」 ラムダが大声で叫んだのです。 「私が行きますわ！」 「えっ？ラムダさん」 「もう、ここまで来てしまったんだから、仕方ないでしょう。 私は泳ぎは得意なんです。私が行けば、よろしいんでしょ！？」 「へ？でも、ラムダさん、怒ってたんじゃ？」 あっけにとられて、シャララがラムダにたずねます。 「怒ってますわよ！あなたは、いつもムチャクチャすぎるんですもの！でも、もう私が行くしかないでしょう！ 私は子供の時から霊感が強かったので、占い師の修行をしましたが、元々は漁師の娘なんです。だから、泳ぎは得意なんですわ！」 ラムダは言うなり、身に着けていた装飾品やベールをとり、上着も脱いで、泳ぎやすい身軽な服装になっていったのです。 「セシンさんは、向こうを見ていて下さいね！」 「う〜ん、これだから女ってヤツは、タフだよなぁ〜」 ラムダに命じられた通り体の向きを変えながら、半ば本気で感心したようにランプの魔人セシンもつぶやきました。 「さっきの木の実をクレオに食べさせて、クレオが正気に戻ったら、全速力で泳いで逃げてくるんだぜ！」 シャララから木の実を受け取ったラムダは、セシンの言葉にしっかりとうなづきました。そして甲板から一気に水面へと飛び込んだのです。 パッシャーン。 冷たい水の中を、ラムダはけん命に泳ぎました。 海の表面には暖かい陽がさしていると言うのに、水の中はとても冷たかったのでした。 ラムダが泳いでいる下には、何十そう、何百そうもの沈没した船の残骸（ざんがい）が眠っているのです。 「ああ、ダメ！今はそんな事を考えていては・・・」 そう心の中でつぶやくと、ラムダは泳ぎのスピードを上げるために、腕と足にいっそう力を入れたのでした。 「ラムダさん、大丈夫かしら〜？」 シャララは海に落ちそうなほど手すりから身を乗り出して、ラムダの泳ぐ海を見つめながら言ったのです。 「私が泳げれば良かったのに・・・！」 「いや、本当にあの女占い師、泳ぎがうまいぜ！ もう海の墓場を越えて、サイレーンの所までたどり着くぜ！」 海を見ながらセシンが、感心したように言いました。 海の墓場を越えると、そこはもうサイレーンたちの巣です。 海から突き出た数十個の岩が、輪のように並んでいます。その場所で何十人ものサイレーンたちが思い思いに泳いだり、岩の上に腰かけたりして、くつろいでいるのです。 クレオはそのサイレーンの巣の端の方で、頭を水面から出して浮いていました。 数人のサイレーンが、クレオの周りを囲むようにぐるぐる泳いでいます。岩に座ったサイレーン達は、その姿を見て楽しそうな歌声をあげているのでした。 サイレーンの歌声にうっとりとしてしまっているクレオの顔は、いつものきまじめで勇かんなクレオの顔ではありませんでした。 ラムダは、水が凍るような冷たさから、生ぬるい暖かさに変わったことで、海の墓場の上を渡りきり、いよいよサイレーンの巣の中に入ったことを感じました。 ラムダは水面から顔を突き出して、クレオの位置を目で確認すると、大きく息を吸いこんで、海の下へともぐっていったのです。 その姿を遠くから見ていたシャララは、叫びました。 「あれ！？ラムダさんが消えちゃった？どうしたの〜？」 「大丈夫さ。ラムダはもぐって、クレオの側まで行こうとしてる。うまい手だ。あの女占い師、頭の回転もなかなかいいみたいだな〜」 セシンが腕組みしながら、シャララに答えます。 「サイレーンは、この船がここに来てることは、気付いてるはずさ。でも人間のする事なんか、あんまり気にしちゃいないらしいな。 あとはクレオとラムダが、あの海の魔女たちをふり切って、がんばって泳いで戻ってこれるかどうかだなぁ〜」 ラムダはセシンが言ったように、サイレーンに気づかれないように海中にもぐったのです。 ラムダが海の下から見上げると、サイレーンたちの銀の尾が、陽の光を受けて水面近くでキラキラときらめいて見えました。 ラムダは出来る限り深くもぐって、静かにクレオの側まで近づいていったのです。 つづき |