第１１話　ゆうれい船の謎（上）の巻　その1
　日がかたむいて、大海原に赤い色がさしてきています。
　美しい紅色の夕日が一日の仕事を終えて、海の色を染めて静かに下りようとしています。
　一日中甲板そうじをしていたシャララも、甲板の手すりに寄りかかって、一休みしていました。
　夕日は吸い込まれそうに赤く美しい色をしていました。
「ああ〜、いい気持ち〜」
　心地よい風に吹かれながら、シャララが小さくつぶやいた時です。シャララの背後にある、人間の背丈より高く積まれた荷物の向こう側で、言い争うような話し声がしたのです。

「・・・そんな事が、あるはずないじゃないですか？！」
　それは、親衛隊の隊長クレオの声でした。
「いや、船乗りたちは、確かに見たと言っている」
「我々は一日も早く、レピウスの島に着かなければいけないんです。昼間はこの辺の海流の渦が強くて、前に進めないと言ったのは、あなたではないですか、船長？
　だからこそ夜に進みたいのに、そんな話を今聞かされても・・・。こんな所でグズグズしている訳には、いかないんですよ！」
「そんな事は、わしにも分かっとる！しかし・・・」
　クレオとカシムの輝き号の船長が言い合っているのです。二人の言葉から、何か大きな問題がカシムの輝き号に起きている事が、シャララにも分りました。

「どうしたのかなぁ〜？」
　シャララが二人に気づかれないようにそっとつぶやいた時、シャララの足に何かがふれたのです。
「・・・・！？」
　シャララが足元を見ると、そこには子ザルの姿のカシム王子がいたのでした。王子は右指を口元にあてて、シャララに声を上げないように、ジェスチャーで伝えたのです。シャララは、こくんとうなづきました。

　クレオの声は、続きます。
「おおかた、見張りの者が寝ぼけてでもいたのでしょう」
「私の選んだ船員たちはベテランばかりだ。それは、ありえない！」
　クレオの言葉に憤慨（ふんがい）したように、船長は語気を強くしました。（※憤慨・・・ひどく腹を立てること。）
「しかし、誰もそんな話は、すぐには信じられませんよ。
　夜中から朝方に見たと言うなら、なおさらだ。夢でも見ていたとしか、思えませんよ」
「それでは、ご自分の目で確かめてみられては・・・」
「分かりました。俺が今夜は一晩中見張りをしましょう。まさか・・・」
　そこで、クレオは一呼吸おきました。
「まさか、お話の通り、ゆうれい船が出るとは思えませんがね・・・」
　その言葉に、荷物の反対側にいたシャララとカシム王子は、思わず顔を見合わせました。
「ゆ、ゆーれい船！？？」
　カシム王子がシャララに静かにするように、もう一度口元に手をあてます。
　二人がいる事には気づかずに、クレオと船長はその場を立ち去っていったのでした。

　夕日は、もう海にほとんどかくれかかっています。甲板の上は、暗くなっていました。
「キィキキキキィ〜」
　突然カシム王子が苦しげな声を上げて、甲板にくずれ落ちました。どうやら今まで苦しみをがまんしていたようです。
「カシム王子！大丈夫？」
　王子が人間の姿に戻る時間になっていたのでした。

　シャララは子ザルの姿のカシム王子を抱きかかえると、王子の船室まで走ったのです。そして船室に走りこむと、苦しんでいる王子をベッドの上へ横たえました。
「カシム王子？」
「キィキィキィ〜」
　ベッドの上で、カシム王子は何度も苦しげに寝返りをうち、うめき声を上げました。王子の額には、冷や汗が浮かんでいます。
　すでに日は沈んでいる時間でしたが、王子はまだ人間の姿に戻れていませんでした。
　あの大嵐の日に、魔法使いレピウスが言った言葉通りでした。カシム王子がサルの姿でいる時間は、段々と長くなってきていたのです。

「大丈夫？今、誰かをつれてくるわ。クレオさんか・・・」
　王子のベッドの側に寄りそっていたシャララが立ち上がろうとすると、サルの姿の手がのび、シャララの腕をつかんだのです。
　その時ちょうど薄紫の煙が、子ザルの姿の王子を包みこみました。
「だ・・・、だめです。シャララさん」
「カシム王子！？」
　ようやく王子は、人間の姿に戻ったのです。王子の整った顔には汗がしたたり、苦しげな表情がうかんでいました。

「まだ苦しいのね？カシム王子！！」
　王子は必死に声をしぼりだすようにしゃべりました。
「いつもの事です。前とちがって、人間の姿に戻るのに、とてもとても時間がかかるのです・・・。そ、そして・・・・、ううっ！」
　カシム王子は、もう一度うめき声を上げました。
「その変身の前後は、とても苦しいのです・・・！」
「誰か呼んでこなくっちゃ！」
　シャララは叫びました。
「ダメです！クレオにも、誰にも言わないで下さい。心配をかけたくないのです・・・」
　カシム王子はベッドの上から、シャララの瞳をのぞきこむようにして、頼んだのです。王子の瞳は、とても悲しげな色をしていました。
「で・・・でも、カシムさま」
　苦しいのか、ベッドの上に突っぷしながら、カシム王子は言いました。

「クレオにも、みんなにも、言わないでいて下さい。
　クレオは、この間のサイレーンの事件の時、ボクのせいで海に飛び込んでしまったのです。
　あの時クレオは、最初からちゃんと両手で耳をふさいでいて、サイレーンの歌を聞かないようにしていたのです。それなのに、ボクがあの歌でフラフラと海に飛び込みそうになったから・・・。
　ボクが海に落ちかけたから、クレオが必死で手を伸ばして僕を助けてくれたんです。でもそのせいで、クレオの方がサイレーンの歌を聞いてしまい、そのまま海へ・・・。
　もう少しで、クレオがサイレーンに食われるところだった・・・。ボクの・・・ボクのせいなんです」
　カシム王子は、悲しそうな表情をして言いました。

「ボクが・・・、ボクがこんな状態だと知ったら、クレオも、ザリオーも、ムチャをするに決まってるんです。さっきだって、ゆうれい船なんて大事件らしいのに、船長に無理を言っていた・・・」
「クレオさんは、カシム王子のために、いつも一生けん命なのよ」
「だからこそ、心配をかけたくないのです」
　ようやく痛みが去ったのか、カシム王子は寝ていたベッドから起き上がり、シャララの方を向いてベッドに腰かけました。
「この事は、二人だけの秘密にしておいてくれませんか？シャララさん」
シャララの瞳をじっと見つめて、カシム王子は言ったのです。
「えっ？」
「お願いです」
「カシム様がどうしてもと言うなら・・・」
　カシム王子の必死な瞳に、シャララはそう答えるしかありませんでした。
「ありがとう、シャララさん」
　にっこりほほえんで、カシム王子は言いました。それは、シャララが最初に人間の姿のカシム王子を見た時と同じ、とても優しい微笑でした。

　　つづく

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